仙台散歩

もう2週間ほど前のことになります。

ずっと行きたかった牡蠣の食べ放題に行ってきました。
宮城県は海が近いので魚介類がおいしいです。

帰りにボクの好きな場所に寄ることにしました。

夢メッセ宮城の隣にある公園です。

しかし、残念ながら工事中で入ることはできませんでした。
津波の影響ですね。

折角だから海が見たいと思って、波止場に向かいました。

仙台港。

海はいいですね。車の中からしばらく海を眺めていました。

穏やかな海を見ていると、自分もとても穏やかな気持ちになれました。

そののち、海沿いを通って家に帰りました。
特に急いでもいなかったので、宮城県の海沿いの様子を写真に記録したいと考えたのでした。

宮城県でも海沿いはひどいものです。

盛り土をし、道を作り、堤防のようにするそうです。

今回の震災でも東部道路が堤防の役目をして、津波をせき止めてくれたそうです。
その教訓を生かすのですね。

福島県ではようやく片づけが始まりました。
でも、宮城県はやはり復旧は早く、大部分において除塩のためにすでに表土は除去されていました。

そして、閖上地区へ

ここは大勢の人が亡くなった悲しい場所です。

この近辺は復旧は遅れていると感じられました。

まだまだ、日用品などが散乱したままでした。
電柱も曲がり、塩分で赤くサビていました。

名取川の河口に降りてみました。

川岸には、たくさんの貝殻が散乱して地面を埋め尽くしていました。
津波が運んできたのでしょうか?

でも、ここの景色はとても好きです。

たまに気分転換に来たいと思える場所でした。

閖上地区では大勢の人が亡くなりました。
何千人、いや、あるいは何万人もの人たちだったかもしれません。

その一人一人に人生があったことを考えると、居たたまれなくなりました。

その中には若い人も大勢いたに違いありません。
将来のある若い人が亡くなるのはとても悲しい事です。

帰り道で、とても桜のきれいなところが目にはいりました。
遠くから見ても際立ってきれいに咲いていました。

何回も来たことのある「雷神山古墳」です。

車を降りて、ぶらっと散策しました。

 

 

 

 

 

富岡町のいま_20140325(2) 大田、上郡山

シャムとのお別れも済んで、母が自宅の掃除をしているうちにボクは周辺の写真を撮りに行きました。

自宅の中は前回来たのと同じで特に変化はありませんでした。
ただ、暖かくなってきたからか、またねずみが出ているようでした。

掃除をしてもきりがありません。

いつもは海沿いを行くので、今回は山側に向かいました。

まずは大田。

あるお宅。
まだまだこのような状態の家は多いです。

福島第二原発へと続く道

もう、再稼働などしてほしくありません。

それに、自民党になってから被災者に対する賠償も東電の勝手な判断で打ち切ったり一企業とは思えない横暴ぶりです。
放射線量のデータなどの改ざんも普通に行われているものの、マスコミも大きくはとりあげません。

原発事故はもはや風化しているのか、それとも背後で何らかの利害関係が働いているのか。

ボク達庶民にはわかりません。

国や東電にうまいようにあしらわれ、また振り回され、その度に大変な思いをしながらも順応していくしかありません。

東電の事を考えると怒りの気持ちしか湧き起ってきません。

次は上郡山です。

この辺りの道も地震直後はとてもひどかったです。

でも、砂利で修復され、問題なく車で走ることができるようになっていました。
何ヵ所か作業員が実際に工事しているところがありました。

ガレキ置き場ないし、仮置き場

うめだ屋旅館。

ここは温泉も入ることができました。

でも、近いから一度も行ったことがありませんでした。
そういうものかもしれませんね。

でも、ちょっぴり山の方に入って行かないといけない場所ですし、とても静かなところです。

今考えると、きっと都会の人が泊まるとくつろげる場所だったのではと思います。

 

 

 

富岡町のいま_20140325(1) さようならシャム

本日も自宅に帰宅しました。

自分にとっては大事に仕事がありました。

シャムの埋葬です。

うちでかつて飼っていたねこ達はずっと自宅の庭に埋葬してきました。

シャムも同じように自宅の庭に埋めてあげました。

いつもボクが着ているTシャツで包んで埋めてきました。

じゃあね、シャム。

 

 

シャムの死

本日、4時40分。短い命がとざされました。

動物病院から帰ってきてから30分と経っていませんでした。
きっと、シャムも自分の家で亡くなりたかったのだと思います。

1年少しの命でした。

でも、誰かが悪いわけではありません。

シャムの場合は親ねこから受け継いだ先天的な白血病のようでした。

人も動物も同じ。
人も生まれた時から体が弱くて、早くに亡くなる方もいます。

それは、どうしようもないことなのだと思います。

1年前の冬の夜、ボクが拾ってあげなければきっと次の日には死んでいたと思います。

きっと、だれの目に触れることもなく道端でひっそりと。

でも、少しだけ一緒に暮らしたから、うちの家族の記憶にはいつまでもその生きた証は記憶され続けていきます。

少しの間だったけど、人と一緒に暖かいところに住んで、食べ物も自由に食べられて、他のねことも遊ぶことができて、きっと、これでよかったのだと思います。

ボクも丁度、失業した時でしたので、頻繁に獣医にも連れて行くことができました。

シャムにとって、延命のための処置がいいことだったのかどうかわかりませんが。
つらい治療もありました。

ボク自身も、シャムが日に日に弱っていく様子を見るのは耐えがたいものがありました。

もっと早く、菅原動物病院を知っていたら、もしかしたらもう少し長く生きることができたのかもしれません。

肺に水がたまった時も近くの動物病院では注射針で水を抜くだけの処置で、原因は調べようともしませんでした。

拾った時から鼻水に血が混ざっていました。

そのことを話してもそこの獣医では何もわからず、慢性的な風邪と診断されただけでした。

もっと早く、ちゃんとしたところで見てもらっていたら白血病であることもわかって、夜はそれなりにもっと暖かくしてあげることもできたのかもしれません。

シャム。ホントによくがんばったね。お疲れ様でした。

最後まで診てあげられたよね?

死ぬ時も隣にいてあげられたよね?

もう限界をはるかに超えて生きようとしていたのだと思います。

でも、少しの後悔もあります。
あのとき、あーしておけばよかったかな?と頭をよぎります。

でも、そもそも人生とはそういうものかもしれません。

ボクもいままで後悔の連続です。

また、生まれついた環境である程度のその人の人生が決まってしまいます。

虐待を受けて育った子供は一生心に傷を負い続け、それは対人関係の至るところに影響をもたらします。

ボクは学生の時勉強がとても好きでした。
塾にも行きたかったけど行かせてももらえませんでした。

シャムも生まれつき体が弱かったのだから、仕方がなかったのです。

少しの後悔もあるものの、ボクもできる限りのことはしてあげたと思います。

死にそうな日には、夜ずっと起きていて様子を見ていたこともありました。

だからボクも、もう後悔してはいけないのだと思います。

涙はあふれるけど、シャムの死は辛いけど、ボク自身はそれを乗り越えて、前を向いて新たな一歩をはじめないといけないのだと思います。

いままで、ありがとうね、シャム。

参考資料:
今回シャムが最期までお世話になった動物病院

菅原動物病院

〒983-0033
仙台市宮城野区福住町2-14
TEL 022-258-9490
FAX 022-258-9498
http://www.sdb.ne.jp/annai.html

 

 

シャムの闘病日記

宮城県もようやく日中は暖かくなってきました。

でも、もう遅すぎました。

今年の冬は特に寒く、例年にも増して自然の非情さを実感しました。

昨日はシャムの体調もちょっぴりだけ良く、歩いていました。

数歩、歩いては倒れてしまうものの、部屋の中を割とあちこちと動き回っていました。

ご飯も、水もいつもよりも多く食べました。

でも、今日は激変しました。

朝から元気がない。

それでも、まだ生きているから、菅原動物に治療に行きました。

診察台に載せる時に、いつもはぐったりしていても自分の頭を支えることはできていました。

でも、今日は違っていました。

いつもの調子で載せようとしたら頭がだらんとしていたために、思わず頭を少しぶつけてしまいました。
ゴムが敷いてあるから問題はないと思うけど。

今までもかなり限界だと感じていたものの、今日はもうダメみたいです。
もはやまったく体力が残っていないようです。

治療中もまっまく無反応でした。
意識がもうろうとしていて、痛みももはや感じないのでしょうか?

「もう、だめですか?」

「今週1週間様子を見ましょう」と女性の先生。

「昨日は割と調子がよかったのですよ、今日は朝から全く元気がなくて」

「最後に、こんなに元気になったよというころを見せるのですよね」

そうだったのか・・・。

帰りの車の中で、もう死んでしまったかと何度も確認しました。
でも、今日も家に帰ってくることができました。

亡くなるならやっぱり自分の家がいいよね、シャム。

帰りの車の中で小さな声で3回ほど「にゃー」と鳴いていたのが印象深く記憶に残っています。

おむつとカイロを付けています。
生きている時に撮った最後の写真となりました。

参考資料:

特殊注射 ミノファーゲンシー+プロコン
特殊注射 インターキャット
皮下点滴
点眼液

治療費計 5250円

体温 37.8℃

 

 

シャムの闘病日記 低体温

もはや、鳴かなくなってから1週間。

そして、1ヶ月くらい、食べ物という食べ物も食べていません。
点滴と少しの水だけで命をつないでいます。

昨日は、宮城県も日中は暖かかったので、よたよたと窓際まで歩いて行って、外を見ながら気持ちよさそうに寝ていました。
少しだけ調子がよかったのかもしれません。
それに、1週間ぶりにウンコも出したようでした。

でも、大抵はくったりしています。
もう頭さえも上げることもできません。

今日のお昼にも猫砂の近くまで行ったそうです。
でも、途中で力尽き倒れてしまったそうです。

まだ生きているから、今日の午後、菅原動物病院に点滴しに行きました。
車の中でもぐったりし、「にゃー」のひとつさえも鳴くこともありませんでした。

治療中も、暴れる元気もありませんでした。

最近は、耳が後ろにちょっぴり反り返ってしまっています。
理由を聞いてみました。

脱水症状の兆候だそうです。

そして、体温を測ると37.70℃。
ねこの体温は人間よりも少し高くて38.5℃から39.5℃が平熱だそうです。

スタッフの方は何度も熱を測っていました。
そして、少しあわてた様子でした。

「ホットパックで温めながら帰ってください、低体温になっています」。

人間も亡くなる前は体温が下がると聞きます。

もうシャムも限界をはるかに超えているのかもしれません。

体はやせ細り、頭さえもなでるとごつごつしています。
体も骨の形がわかります。

シャム、もう、いいよ。

もう十分がんばったよ。

今日の寒い夜を超えられるかわかりません。

明日の朝を迎えることができるかもわかりません。

参考資料:

特殊注射 インターキャット
皮下点滴

治療費計 4725円

1.90kg

 

 

シャムの闘病日記 遠のいていく意識

もはや延命のための処置をしているだけです。

延命といっても、それがどれほどの時間なのかわかりません。

それに意味があるのかもわかりません。

病院から帰ってきてもぐったりしたまま。

薄目を開けてはいるものの、もはや、意識はあるのかないのかわかりません。

じきに、死ぬのはわかっています。

ただ、それを待っているだけなのは、とても辛い・・・。

参考資料:

注射 インターキャット
皮下点滴

治療費計 4725円

体重 2.00kg
39.1℃

 

 

シャムの闘病日記 昨夜のねこたち

昨夜のうちのねこたちは、いつもと違っていた。

いつもボクの布団で寝ているトラは、ボクの部屋を出たり入ったり。

何度も2階のボクの部屋の前で「にゃーにゃー」鳴くので、その度に後をついていきました。
エサがほしいのかな?

トラは何度もボクが後ろからついてきているか確認するように振り向きました。

行く先は決まって、1階で寝ているシャムのところでした。

寒くないように、エアコンは一晩中点けてあります。
寒くはないと思います。

シャムがなんとか生きていることを確認し、ボクが部屋に戻っても、そんなことが何回かありました。

クロさんはずっとシャムが入っている、ねこ入れの横に居ました。

3匹は仲が良く、よく一緒に丸くなって寝ていました。

ねこなのに何かわかるのかな?
いえ、ねこ同士だから、何かわかるのかな?

シャムは変わらずぐったりし、横になったきりです。
もう時間の問題であることは確かです。

今日、これからシャムにとって最後となりそうな治療に行きます。

最期まで、できることはしてあげないと。

後で、後悔しないように・・・。

 

 

 

単身赴任(?)最後の日

今回はじめて「派遣」で働きました。

それが如何に理不尽なものであるか身をもって経験しました。

今後、一切派遣はお断りです。

そして今日が栃木県での単身赴任、最後の日になりました。
(未婚でも単身赴任というのかは不明ですが)

ある程度の荷物は軽トラですでに運んでありました。

今日は残りの荷物を運び終了です。
専門書や布団などの濡れてはいけない物も多数ありましたので、天気のよさそうな今日を選びました。

栃木県はまずまずの天気でした。

折角だから近くの温泉に入ってから帰途につきました。

ところが高速道路も福島県に入るころには風も強まり吹雪になっていました。

数回、強い横風にハンドルをとられ、ヒヤッとしました。

でも、無事に帰宅できました。

さあ、後片付けと、それから・・・。

先のことはまだわかりません。

 

 

 

シャムの闘病日記 「ギリギリ」

8日、シャムをいつもの動物病院に連れて行きました。

もはや、いつ死んでもおかしくない状態です。

動物病院に行く時の車の中でも、いままでは「にゃー、にゃー」鳴いていたものの、もはや声を出す元気すらありませんでした。

数日前にインターキャットを打ってもらっていたので、今回は点滴をお願いするつもりです。
もうほとんど食べていませんから。

今日は女性の先生に診ていただきました。

やはり先生が口の中を見ていました。

「白いですね。貧血になっています。白血病特有のものですね」。

「もうギリギリかもしれませんね」。

そして熱もはかりましたが39.9度ありました。

熱もずっと続いてます。

体重はさらに減って、2.15kg

それでボクは、点滴の他に解熱剤の注射もお願いすることにしました。
「インターキャットはまた数日後にお願いしに来ますから、今日は点滴と解熱剤をお願いします」。

あれから数日、まだ生きてはいます。

ただ、母に言わせればウンコも出ていないという事でした。

最近は意識も朦朧としているのか頭をさすってあげても「ごろごろ」も言わなくなりました。

また明日かあさって病院に連れて行く予定です。

今日も宮城県は雪が舞っていました。

そして、山沿いは吹雪でした。

今年は特に寒い。

この寒さがとても恨めしい。

参考資料:
注射
皮下点滴
点眼液

治療費計 3675円