お店、始めました。

お店、始めました。

といっても、妻がフィリピンの実家で以前やっていたお店を再開したということです。

数年前に、妻の実家の近くの川が氾濫したそうです。その時にお店の中の商品もダメになってしまい、中断していたようです。

その後の数年間の生活は、だいぶ困窮していたようです。米も買うことができない時期があったと聞きました。

再開のための資金がどれだけ必要なのか聞いたところ、日本人にとってはさほど負担にならない金額でしたので、再開の費用はボクが出しました。

でも、妻は働いて返すからと、一生懸命実家のお店をやりくりしています。

人気商品は、手作りのアイスキャンディーだそうで、すぐに売れてしまうそうです。

フィリピン人女性との国際結婚に関しては、ネット上では、あまりいい評判は聞きません。

しかし、ボクの妻はお金をせびったことは一度もありません。ボクの方で自発的に生活費として送金したもので満足してくれています。

渡すたびに 「 arigatougozaimasu 」 との言葉が返ってきます。

将来に関しても話し合いました。妻は仕送りはしないと言っています。でも、仕送りはボクとフィリピンの家族との約束です。ボクが仕送りを続けることになりそうです。

どっちがフィリピン人なんだか・・・?

それに、フィリピンの家族はみんな良い人です。ボク自身、仕送りをすることに関して、なんの躊躇もありません。願わくば、栄養のある食事をしてほしいものです。

妻は、とても真面目な女性です。遊びに出かけることもありません。いつもお店の番か、家の掃除をしています。

妻の家族もみんな真面目な人です。

そして、時間がある時はFacebookのメッセンジャーでチャットをしています。ボクにとっても楽しいひと時です。そして、忙しいときは、「 後でね 」とメッセージするとずっと待っていてくれます。

仕事で疲れている時は、「 you need rest 」 とのメッセージが返ってきます。ボクの都合もちゃんと考慮してくれますし、早く寝てしまっても理解してくれます。

結婚相談所は最悪でした。しかし、妻を紹介してもらった事は正直、感謝の一言です。

早くビザを取って日本に来てほしいです。遠距離恋愛 ( 結婚しているから恋愛ではないかもしれません ) はとても辛いです。

フィリピンでのボクたちの結婚の手続きは済みました。いよいよ、日本で婚姻届を出す段階となりました。

ビザの取得までは時間がかかっていますが、今は幸せいっぱいです。

 

 

結婚後のふたりは、今

フィリピンで結婚式を挙げて約ひと月が過ぎました。

Facebookでのチャットがボク達の日課です。

朝、会社に着いたら。昼は会社で昼食を食べた後。晩は仕事から帰った後から寝るまで。

離れていても夫婦です。妻とのチャットは楽しいひと時です。

特にボクにとっては、妻は初めての恋人でもあり、出会いから結婚までの期間も短かったこともあって、さらには、まだ同居していないこともあって、今が交際期間であるかのような錯覚すら覚えます。交際期間とはこんな感じなのかなとか? 実際はすでに結婚していますが。

妻は日本に来るための準備を進めています。しかし、まだパスポートも取得していません。パスポートの取得もフィリピンでは時間がかかるようです。パスポートを取得してからビザです。ビザの取得にはさらに時間がかかるのは必至です。

妻が日本に来るのは、多分今年の暮れか来年でしょう。

それでも、いいのです。

今はボクも寂しいですが、長い結婚生活のうちの、ほんのひとコマにすぎません。

つい先週は、8月に妻に会いに行くための航空券を購入しました。ホテルの手配も済ませました。妻と二人で遊びに行く計画もたてました。お盆に妻に会いに行く準備は万端です。

でも、まだひと月以上もあります。

会社の友人はボクが8月の航空券を予約しているので、8月も妻がまだ日本に来ないことを知り少し心配した様子でした。でも彼も、いつかわかってくれると思います。

 

 

結婚後、初の仕送り

仕送りは、フィリピンから嫁をもらった人の宿命です。

本日、結婚後初めて、妻と、その家族への仕送りを果たしました。

Western Union を利用しました。

今日は、妻の家族はたくさん食材を買ったみたいです。どうぞ、栄養のあるものを食べてくださいね。

 

ブラザー達の家

結婚して間もなくの事、妻のブラザー達が自宅を案内してくれました。

家族として扱ってくれていることを感じて、とても嬉しかったです。

妻の実家は、日本人から見てもとてもきれいな家です。

一方、ブラザー達の家はフィリピンではごく一般的な家でした。ただ、自力で建てたと聞きましたので、そのバイタリティはすごいと思いました。

フィリピンには雨季はあるようですが、日本のような四季はありません。したがって、住宅に気密性は要求されていません。

半戸外の家といえます。涼しいとは思いますが、虫などの侵入を防ぐことはできません。また、防犯性も落ちると思います。

水道に鋼製の配管はありませんでした。どこからか水道用のホースを使って引っ張ってきていました。

ガスコンロもなく、炭による煮炊きを行っているようでした。

 

そして、一番年長のブラザーは夕食をごちそうしてくれました。

きっと、普段はもっと質素な食事なのだと思います。でも、ボクのために精一杯のごちそうを作ってくれました。

シーフードと野菜でした。とてもヘルシーかつ、美味でした。大きなマンゴーも食べさせてくれました。

ごちそうさまでした !

 

日本人の生活と比べれば確かにどのブラザーの生活も質素です。でも、家族みんな仲良くて、とても幸せそうでした。

妻の家族はみんな、優しくて、明るくて、親切で、真面目で、家庭環境に恵まれなかったボクにとっては、すこしまぶしい存在です。

 

いったい本当の幸せとは何でしょうか?

 

 

帰国 前日の夕食

いよいよ明日は再び日本に帰国する日となりました。

そこで、妻の家族がおいしい夕食を作ってくれることになりました。

お姉さんは、 「 ヒデは明日、日本に帰るでしょ? だから 」 と言っていました。

午前中は地元のマーケットで食材を買いました。

マーケット_1

マーケット_2

マーケット_6

地元のマーケットはやはりボクにとっては少し不安のある場所でした。外国人にとっては未知の領域かもしれません。

タクシーを降りて少し歩くと、地面には悪臭の発生する水たまりがあったり、ゴミが散乱していて混沌とした雰囲気がありました。

でも、地元のマーケットなので値段は安いようです。しかし、ニンジンなんか日本と大差のない金額でした。

いつも感じますが、フィリピンも意外と物価が高いです。

外国人にはやはり多少の危険が伴うようです。妻はボクに、お金はしっかりポケットの中に入れておくようにと言いました。そして、ボクは、フィリピンではボディガードである妻の手をしっかりと握って妻の家族の後をついていきました。

マーケット_3

マーケット_4

フィリピンの人たちはシーフードが大好きです。

ボクは、カニをリクエストしておきました。

マーケット_5

食材は、以外にも新鮮でした。カニの目を触ったら動きました。まだ生きていました。

途中で、みんなでココアをいただきました。地元では有名なお店のようで、おいしくいただきました。

ココア

妻の家族は当然、ボクの家族です。家族だからこそ、守ってくれます。

普通の観光客では通常は歩くことのできない場所でも、ボクはフィリピンの家族がいてくれるから安心して歩くことができました。

とても貴重な体験となりました。

 

お待ちかねの夕食のメニューは、

帰国前の夕食

フィリピン流のやきそば、さかな (たぶんマグロ ) の焼いたもの、タケノコ ( シナチクそっくりの味でした ) 、カニ など

ボクは妻の家族が作るカニの料理が好きです。黒っぽいから初めて見た時は恐る恐る食べました。しかし、クリーミーな味付けでホントおいしいのです。日本にはない調理の仕方です。カニはワタリガニの一種のようですが、殻はとても固いです。でも、おいしいです。

今回は、ボクが食べやすいように殻に切り込みを入れておいてくれました。

とてもおいしかったです。妻の家族が普段は食べることのないような豪華な料理で、精一杯もてなしてくれました。

ご馳走様でした。 very busog !

 

 

いよいよ明日は再び日本に帰国する日となりました。

そこで、妻の家族がおいしい夕食を作ってくれることになりました。

お姉さんは、 「 ヒデは明日、日本に帰るでしょ? だから 」 と言っていました。

午前中は地元のマーケットで食材を買いました。

マーケット_1

マーケット_2

マーケット_6

地元のマーケットはやはりボクにとっては少し不安のある場所でした。外国人にとっては未知の領域かもしれません。

タクシーを降りて少し歩くと、地面には悪臭の発生する水たまりがあったり、ゴミが散乱していて混沌とした雰囲気がありました。

でも、地元のマーケットなので値段は安いようです。しかし、ニンジンなんか日本と大差のない金額でした。

いつも感じますが、フィリピンも意外と物価が高いです。

外国人にはやはり多少の危険が伴うようです。妻はボクに、お金はしっかりポケットの中に入れておくようにと言いました。そして、ボクは、フィリピンではボディガードである妻の手をしっかりと握って妻の家族の後をついていきました。

マーケット_3

マーケット_4

フィリピンの人たちはシーフードが大好きです。

ボクは、カニをリクエストしておきました。

マーケット_5

食材は、以外にも新鮮でした。カニの目を触ったら動きました。まだ生きていました。

途中で、みんなでココアをいただきました。地元では有名なお店のようで、おいしくいただきました。

ココア

妻の家族は当然、ボクの家族です。家族だからこそ、守ってくれます。

普通の観光客では通常は歩くことのできない場所でも、ボクはフィリピンの家族がいてくれるから安心して歩くことができました。

とても貴重な体験となりました。

 

お待ちかねの夕食のメニューは、

帰国前の夕食

フィリピン流のやきそば、さかな (たぶんマグロ ) の焼いたもの、タケノコ ( シナチクそっくりの味でした ) 、カニ など

ボクは妻の家族が作るカニの料理が好きです。黒っぽいから初めて見た時は恐る恐る食べました。しかし、クリーミーな味付けでホントおいしいのです。日本にはない調理の仕方です。カニはワタリガニの一種のようですが、殻はとても固いです。でも、おいしいです。

今回は、ボクが食べやすいように殻に切り込みを入れておいてくれました。

とてもおいしかったです。妻の家族が普段は食べることのないような豪華な料理で、精一杯もてなしてくれました。

ご馳走様でした。 very busog !

 

 

第三回フィリピン渡航と結婚式、そして帰国 ( 2017年5月26~6月3日 )

今回のフィリピン渡航はボクにとって、そして妻にとっても大変意味のあるものでした。

ボク達は結婚しました。

でも、国際結婚の定めです。ボクは妻をフィリピンにおいて帰国しないといけません。妻はこれからビザ取得に向けて活動を開始します。しかし、フィリピン人と日本人との間の偽装結婚が多いで、数か月は日本に来ることはできません。

夫婦なのに一緒に暮らせない悲しさといったら。

そして、妻の家族はボクにとっても家族になりました。今回のフィリピンからの帰国は今までとは全く異なっていました。妻の家族が皆で空港まで見送りに来てくれました。

家族として扱ってくれていることを実感して、とても嬉しかったです。

しかし、妻との別れは、やはり悲しいものです。そして、今回の別れは今までよりも長くなる予定です。

でも、ボク達は夫婦です。たとえ遠く離れていたとしても心は通じていると確信しています。

これから、一緒に生きていく間も楽しいことばかりではありません。辛いこと、悲しいこと、うまくいかないこと、いろいろなことがあっての人生です。そして、それを一緒に乗り越えてこそ、夫婦というものです。

また会う日まで、取り敢えずは、さようなら !

今度会うのは、8月だよ !

 

5月28日 結婚式
6月1日 eden (エデン) に出かける
6月2日 samal (サマル) に出かける

 

 

やはり海外、油断大敵

先回フィリピンからの帰国の際の出来事でした。

フィリピンに行くときは、預け荷物に入れておいたグルーミングセットですが、帰りは手荷物の中に入れていました。

前日にはマニラで自爆テロがあったせいもあって、マニラの空港の警備は厳しかったです。そういう訳で、手荷物の検査がありました。

そして、検査官はボクのグルーミングキットを発見しました。

そして、なぜか日本語で 「 ダメダメ、ネクストはダメね。あなたのミス。マネーマネー 」 と言いました。そして、ボクのポケットに入っていた800ペソは没収されてしまいました・・・。

日本人にしたら、800ペソでその場を見逃してもらったので、ありがたいとも受け取れますが、やはり気持ちのいいものではありませんでした。

やはり外国は怖いの一言に尽きます。

 

 

義理の妹の入院

3日ほど前の夜のことでした。

妻から英語で「妹が腹痛になった」との連絡がありました。

何か悪い物でも食べたようで、ご両親と病院に行くということでした。

そして、そのまま入院になってしまいました。

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点滴による治療がされたようです。

その晩は、妻も寝ないで起きていました。きっと心配だったに違いありません。 (しかし、後で実はお化けが怖かったから寝られなかったのだと聞かされました・・・)

フィリピンの人たちは食べ物を大事にします。レストランで残った食べ物は家に持ち帰ります。日本では残ったものは捨ててしまいます。飽食日本と言われて久しいです。

しかし、この習慣は仇にもなります。暑いフィリピンでは食べ物も痛みます。たまに妻から、家族が腹痛になったと聞かされます。

ボクは、時には捨てる勇気ももってほしいと思います。痛んだ食べ物を食べて健康を害したら意味がありません。かえって高くつきます。

でも、昨日無事に退院しました。とても元気そうに踊っている動画も見られて安心しました。