一、二回目の治療開始

母の病気も、つい数日前の2月2日からいよいよ治療が始まりました。
前日の午後から仕事を休んで当日、病院へ母を送っていきました。

病院には朝の10時までに行かなければなりませんでした。

名取市の自宅を出発したのは、午前2時でした。
あたりは真っ暗で、ほとんどの家は消灯していました。

夜逃げするときはこんな感じなのかなとひそかに考えながら出かけました。

朝のラッシュもあり、首都高もかなり混雑していました。慶応大学病院に着いたのは、9時ころになっていました。

1会目の治療母はどんどん弱ってきています。

もう短距離でも歩くのは苦しいと話していました。
「治療しなければ今年いっぱいというのも納得できる」と本人は話していました。

月日の経つのは早いです。あれからすでに1年が経過しました。
確かに治療をしなければ、医者の言葉を借りれば今年いっぱいの命です。

そう考えるとなんとも言えない感情が沸き起こってきました。

何度も打ち合わせのために足を運びお願いしました。
でも、ここで治療をしてもらえるでけでとても幸運なことだったのです。

実際のところ慢性肺高血圧症の治療の技術では日本一の病院です。
歴史も一番古いですし、実績も日本一です。成功率も日本一です。

きっと辛い治療になるとは思います。

少なくとも6回もバルーン治療をしなければなりません。

20人に1人は生きては帰れない難しい治療です。

ただ、ただ、ボクは送迎をしたりできる限りの協力をするだけです。

きっとボクだったら、あきらめて死を選ぶと思います。生きることへの執着はありません。

でも母は「生きたい」と言っていました。

その気力を信じます。

そして、主治医の先生の技術力と。

そして昨日、1回目の治療が実施されました。

仕事もそんなに何回もは休めません。長丁場です。治療の際の立ち合いは兄にお願いしました。

1時半治療開始でした。1時間半から2時間の治療と聞きました。

仕事中はホントに心配でひそかに何度も腕時計で時間を確認しました。まだ終わらないのか?

そして、2時半くらいに兄から「無事終わりました。問題ありません」とのメールをもらいました。

無事、1回目の治療は終了しました。

でも、まだ5回残っています。

今度は来週の水曜日の予定です。

がんばれ!

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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