母の体調不良 その後の経過

仙台市立病院では、次の金曜日にCTを撮りに来てくださいと言われていました。1週間後になります。

早めに見てほしいと頼みましたが、空きがないという答えしか戻ってきませんでした。

市立病院に行った次の日は土曜日でした。その日は母はこたつでずっと安静にしていました。

しかし、日に日に症状は悪化していました。

呼吸が苦しいと言って、その日の夜にはまともに歩くこともできなくなってしまいました。

これは次の金曜日まで放っておいたら取り返しがつかなくなると直感しました。

それで、その晩、救患扱いで厚生病院になんとか明日診てくれるようにお願いしました。

次の日の朝早く厚生病院に向かいました。

結果がわかりました。

肺近くの血管に血栓があり、それが酸素のめぐりを悪くしているとのことでした。

それで入院し、点滴による治療が始まりました。

なんでも血液をサラサラにするのだとか。

年寄りなので回復は遅かったのでしょうか?それでも症状は回復していきました。

2週間後にはなんとか退院までこぎつけることができました。

今では多少苦しい時もあるようですが、普通に生活できるようになりました。

もし、市立病院の指示どおりに次の金曜日まで放っておいたら死んでいたかもしれません。

それに、血栓の場所がもし脳だったら、障害も残ったかもしれません。

ガンでもなかったし、良かった良かった。

しかし、自分がガンかもしれないと言われた時は何も感じなかったのに、親がガンかもしれないと言われた時はすごくショックでした。

ボクはそんなに長く生きたいという気持ちはあまりありません。自分的に、もう十分長生きしました。何も思い残すこともありません。

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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