富岡町のいま_20140806 田んぼの除染

今日も富岡町の自宅に片付けに行きました。

先日、通りがかりに除染のために、田んぼの周りの草だけが刈られた光景を見ました。

今日、同じ場所を見たら田んぼの草が刈られてきれいになっていました。

田んぼの除染_400

今日の自宅での作業は竹藪の手入れです。

うっそうと茂った竹を切ってきました。

暑かったので、汗びっしょりになりました。

1時間半ほど作業をしてダウンしました。

疲れたので部屋の窓を開け放って涼しい風を入れながら、自分の部屋の椅子にのんびり座って、外の景色を見ていたら、やはり昔の事が思い出されました。

ここ10年、ずいぶん変わりました。

10年くらい前の改築前の富岡町の自宅のドアのカギは外からはかけられませんでした。

内側からしかカギをかけられなかったので、カギをかけるのは寝る時だけでした。

夏の日中は家じゅうのドアや窓を開け放って風を入れていました。

そうすると風が抜けてとても涼しいのです。

出かける時もカギはかけませんでした。

それでも平気だったのです。

確かにボロ家だとはいえ、泥棒が入ったことは一度もありませんでした。

うちも先祖は寺子屋をやっていて、地元に長く居座る家系です。今考えると、周りは親類ばかりですので、コミニュティがしっかりしていたこともあったのだと思います。

ボクは親類づきあいはほとんどありませんでしたが、祖母も母も何かと親類のところに出かけていました。

双葉郡なんてそんな感じで農村部はとてものどかな所でした。

もう、そうはいかないですね。

それを考えるとやはり失ったものは大きいのだと感じました。

双葉郡に限っては原発事故でコミニュティが失われたこともありますが、でも、昔と変わってしまったというのは日本全体に言えることかもしれません。

まだ若輩のボクが言うのもへんですが、日本人は昔とは変わってしまいました。

人情も薄れました。自分の利得のために人を平気で騙すような詐欺も横行しています。10年ほど前には振込詐欺なんて信じられませんでした。昔から悪い人はいたのでしょうが、悪質な事件がとても多いように感じます。

つい先日、病院での出来事です。

痛い採血も終わって、缶コーヒーでも飲んで検査の結果が出るのを待っていようと自動販売機前で何にしようか迷っていました。

これにしよう。

そしたら、おばあさんが、「水どれだろ? 水が飲みたい、水が飲みたい」とつぶやいていました。

「この110円のですよ」。

「目も悪いし、あまり買わないからよくわからないんです」。

そこでボクはおばあさんの手から110円をとって、自動販売機に入れました。

「コレでいいですよね?」。そして、ペットボトルの水のボタンを押しました。

そしたら、とても喜んで「ありがとう、ありがとう」と何度も言っていました。

どんなに小さいことでも、やはり人の喜ぶことをするのはとても後味のいいものです。

しばらく自分も幸せな気持ちになりました。

被災し避難して多くの人に助けられた時も感じました。

何か自分にできることがあったら、人の役に立ちたい。

そして、被災した多くの方や子供たちもそう口をそろえて言います。

ある人は被災者って、きれいごと言って、何いい人ぶってるのだろうって言っていました。

でも、この気持ちはやはり偽りはありません。

どん底の状態で助けられたからこそ、やはり人の役に立ちたいという気持ちが生じたのだと思います。

そして、人の役にたつ事はやはり、自分の幸福感にもつながるのです。

そして、昔の日本には、そういう小さな優しさが溢れていました。

決して珍しいことではありませんでした。困っている人を見かけたら助けてあげて、お年寄りの荷物を持ってあげたり。

ある昔の教師は、貧しくて弁当をもってこれない家庭の子がいるとそっと、食べ物や鉛筆を机の中に入れたそうです。

「困った人を見たら助けてあげなさい。弱い者をいじめてはいけません。人に迷惑をかけてはいけません」。

それが、多くの家庭でずっと教えられていたことでした。

それが日本人のアイデンティティーだったはずです。こんなにもすばらしい伝統があったのです。

まだまだ、他の国に比べればずっとましです。

でも、なぜ、こんな風になってしまったのだろうか・・・。

悲しい現実です。

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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