コウのこと

あれ以来、ずっと自分の心の奥深くにしまいこんでいた、とても悲しい記憶です。ホントは思い出したくありませんが現実なのです。

富岡町に住んでいる時、五匹のねこを飼っていました。

アメショーさん、クロさん、コウ、フク、しま次郎。

フクは依然行方不明です。でもおそらく死んだであろうことはいろいろな情報から推測しています。

富岡町にいる時、母はそのねこのことを 「フック」 と呼んでいました。だからボクは 「フック船長」 と呼んでいました。しばらく前に、ある事から 「フック」 ではなく 「フク」 という名前だったことを知りました。アメショーさんの子供でした。

しかし、この記憶はフクのことではなく、コウのことです。

コウはやはりアメショーさんの子供でした。母によると模様は悪かったのですが、懐っこいから他の人にあげられなかったそうです。まだらの模様をしていました。メスでした。やはり避難する時に置いてきてしまい、その後NPOの方に助けてもらいました。

もう、記憶はあいまいではありますが、捕獲されたのは二年ほど前になるでしょうか? 震災後半年ほど経っていたと思います。

コウは、捕獲されてから自宅に連れてきてもすっかり弱ってしまっていました。

ボクはすぐ母に 「獣医に連れて行ったら?」 と提案しました。

「もう少し様子を見るから」 ということでした。

でも、次第にご飯も食べなくなっていきました。

それで近くの動物病院に連れて行くことにしました。

富岡町にいる時は決まって四倉の動物病院に連れていっていました。多少遠かったのですが、とても評判がよかったのでいつもそこに連れて行っていました。祖母の代からの古いつきあいです。

でも、借上げ住宅に来てからは、まだ評判のいい獣医は知りませんでした。正直言うと、今でもどこがいいのかわかりません。同じ市内のある動物病院に連れていきました。他の動物病院もありましたが、とにかく近いから、ということで選びました。

ボクはそのころ南相馬市の会社で働いていました。それで日曜日に、母とコウを動物病院に連れて行きました。

「費用はかかってもいいから手厚く看病してあげてください」 とお願いしてきました。

平日は、ボクは様子を見に行くことができません。自転車で母が毎日様子を見に行きました。

三日ほどたって多少元気になったそうです。ボクも安心しました。

その後、入院して五日ほどでしょうか?

病院から 「死にそうだから来てください」 と連絡がありました。

ボクは行くことができなかったので母が見に行きました。

まだ生きてはいたもののぐったりしていたそうでした。

それでも 「コウ」 と呼ぶとなんとか立ち上がろうとしたそうです。

その日は、かろうじて生きていたので、なんとか助けてくださいとお願いして帰ってきたそうです。

そしておそらく次の日、「亡くなったので引き取ってください」 と動物病院から連絡がありました。

母が迎えに行きました。

もう体は固くなっていて、冷たかったそうです。

それに、全身手術によって切り刻まれた跡があり、とても無残な状態だったそうです。

何度名前を呼んでも、もはや返事はしませんでした。

「肝臓が悪くなっていました」 とだけ告げられたそうです。

母は助からないならなんでそんなに苦しい思いをさせたのかと獣医に言ったそうです。どうせ数日で死ぬなら楽にさせてあげたかったというのが本心でした。

その後、家に連れてきましたが、かわいそうでボクはとても見ることができませんでした。

そして、請求書は一週間の入院で二十万円以上でした。

後で知ったのですが、その動物病院はやはり腕が悪く、その上に高額な治療費をとることで知られているそうでした。詳しいことは知りませんが、知り合いの犬も何かの病気で預けたところ、死んで戻ってきたそうでした。体中パンパンに膨れ上がった状態で死んでいたそうです。

獣医も動物が好きで獣医になった人もいれば、お金もうけのために獣医になった人もいるのです。コウを預けた動物病院は後者だったのですね。

腕のいい獣医を知っていたら、もしかしたら助けられたのかもしれません。

少なくとも辛い思いはさせないで楽に逝かせてあげられたと思います。

とても無念です。

とりわけ母がかわいがっていたので、今でも思い出すと涙が出ると話しています。

とうとうコウは死んでしまいました・・。

最後だけでもちゃんと埋葬してあげることにしました。

でも、当時は不幸なペットが多かったのだと思います。宮城県内のペットの火葬場はどこも一杯でした。

それで福島県の中通りにある火葬場まで出かけることになりました。

名前を聞かれました。

母は 「幸福のコウです」 と答えました。

それでコウという名前がどのような気持ちで付けられたのか初めて知りました。

コウとフクとで幸福。

幸福になってほしいという母の願いだったのです。

でも、コウもフクも幸福にはなれませんでした。

最後のお別れです。

コウは箱の中に入れて連れてきました。

「最後だから見てあげてください」 とそこのスタッフに言われました。

でも、ボクも母もかわいそうでとても見ることはできませんでした。

そして窯に火が入れられました。

一時間ほどが経ったでしょうか。

火葬が終わり、遺骨を拾いました。

白くて、ホントにちっちゃな骨になってしまいました。

それが数本だけ。

骨壺に、一本一本ていねいに拾って入れました。

灰もきれいに集めて入れました。

コウはもういなくなってしまいました。

今 回の原発事故で、ペットの死に実際に直面したのはコウが初めてでした。他のペットもおそらく、もう死んでしまったとは思います。でも、実際にそれを見た訳 ではありません。ほんの少しだけ、もしかしたらひょっこり戻ってくるのではないかという希望はあります。ダメだとわかっていてもホントにわずかな希望で す。

でもコウはもう絶対に戻ってきません。

それでも最後まで看取ってあげられたからよかったのでしょうか?

わかりません。

コウ。

今までありがとうね。

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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