仕事のこと

名取市の借上げ住宅に入居してまもなく、再び南相馬市の会社に通うことにしました。
半年程度ではありましたが以前も働いていて勝手がわかっていたのと、なかなか機械設計の仕事がないのでそう決断しました。

それにともなって通勤の車が必要になりました。
VIVIOは母の車ですのでボクは使えません。
それにまだ車の持ち出しも実施されていませんでした。

それでネットで探しました。
とても乗りやすいので、またVIVIOを探しました。

ちょうど20万円ほどでマニュアルのVIVIOの貨物タイプのものが売りに出されていました。
なんでもお年寄りが乗っていたということで程度も悪くないということでした。
まだ、3万キロ程度しか乗っていませんでした。

実際に1度見てから購入し、後日取りに行きました。

帰り道、乗ってみての感想ですが、お年寄りが乗っていたというためか全くエンジンが吹けません。
母のVIVIOと比べても高回転の上りが全く違いました。
同じ車でもこう変わるものかと少し驚きました。

それでキャブレター車でしたので、エアクリーナーボックスを取っ払って、ファンネルを付けて走ることにしました。
初めはそれでずいぶん乗りやすくなりました。
しかし、それが後で仇になったようでした。

名取市から南相馬市までの通勤距離はかなりのものでした。片道2時間前後かかりました。
朝5時半に起きて6時半には家を出ました。
9時くらいまでは残業もありましたので家に着くのは11時少し前くらいだったでしょうか?
すぐにご飯を食べて風呂に入って寝ました。

前々から聞かされてはいましたが、会社の人がだいぶ退職してしまったので今度は検査部で働いてほしいとのことでした。
なんでも、以前は40人程度いた従業員が25人程度に減ったということでした。
機械設計ではありませんが、検査の仕事も興味はありましたので了解済みでした。

検査ではマイクロメーターやノギス、そして三次元測定機を使って検査をしました。
三次元測定機は初めてでしたが、旧式のもので操作が単純なこともあり3週間程度である程度は習得しました。

そんなこんなでしばらく検査で働いていました。
同僚も若い方でしたが、穏やかでとてもいい人でしたので楽しく働いていました。
通勤は大変でしたが結構毎日楽しかったです。

働き始めてから、以前会社にいた人のことを聞いてみるとそれなりに苦労された方が多かったみたいでした。
一番気の毒だったのは、お父さん以外は家族全員津波で流されてしまった人でしょうか。
なんでも家は漁業をやっていたようでお父さんは漁師とのことでした。
その方は家の仕事を手伝うために辞めたそうでした。

各地に避難した人も結構いました。
新潟に避難した人もいました。
自分が鬼怒川温泉で受けた仕打ちを話したところ、びっくりしていました。
新潟は自分たちも震災を経験しているせいかとてもよくしてくれたと話していました。

ある日の朝通勤途中で、VIVIO(MT)のオイル警告灯が付きました。
初めてのことでしたのでびっくりしましたが、オイルの量を確認するとゲージの下にすら届いていませんでした。
回しすぎでオイルが減ってしまっていたのでしょうか?
ちゃんと5000キロ程度毎のオイル交換は実施していました。
燃調も悪かったのか、エンジンを痛めてしまったのか、その日を境に信号などで停車するとエンジンが止ってしまうようになりました。
でもだましだまし乗っていました。

さらにエアコンの調子も悪くなりました。
まだ暑い時期でしたのでエアコンがないと辛いものがありました。
修理に7万円もかかりました。
その後もオイルが漏れたりで、初めは安い車がどんどん高い車になっていきました。

震災の年も過ぎ、1月のある日のことでした。
現場の人も足りなくて大変だから今度はフライスに行ってと言われました。
自分は工作機械の経験はありません。
訓練校で勉強はしていたのでなんとか操作できる程度です。

長距離の通勤をこなし、なおかつ現場で労働をこなすのはハッキリ言って無理でした。
それで、それをきっかけにその南相馬市の会社を退職しました。

VIVIO(MT)も調子が悪かったので廃車してしました。
結果的には1年も満たないで廃車することとなってしまいました。
もっと程度のいいものを買っておけばよかったです。
ただ、その時点で走行距離は6万キロ以上になっていました。
1年もたたないのに3万キロ以上乗ったことになりました。

それから約半年間仕事がなかなか見つからずにいました。

9月になり鉄道関連の会社の「設計開発準備室」で働くことになりました。
鉄道関係の仕事はやりがいがあったので最初は良かったです。
多少のことは我慢していました。
しかし、しだいに設計のできない「自称上司」のことが気になりだし結果的には辞めてしまいました。

2013年6月7日現在、失業中です。

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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