人間の光と影-影(2)

鬼怒川温泉のホテルについた初日は、なるべく空いているうちに早めの4時くらいに温泉に入りました。
久しぶりの温泉、とてもくつろぎました。

さすが鬼怒川温泉です。温まりました。

夕食の時間になり、早めに食事室に行きました。

被災者と一般の客は別な部屋でした。
当然出されるものも別でした。

その日のメニューは何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

フライは好きですのでおいしくいただきました。

次の朝の食事は、ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は食券をもらって近所の蕎麦屋か食堂などで食べました。
そばが好きなのでほとんど蕎麦屋でしたが、タヌキそば、きつねそば、ラーメン、ざるそば などから選べたと思いました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。

今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

そして次の日の朝になりました。
今日は何かなぁと思いきや。
ご飯、シャケの切り身少々、納豆、漬物少々、お茶でした。

お昼は蕎麦を食べました。

そしてまた、夜ごはんになりました。
今日は何かなぁと思いきや。
何かのフライ、ご飯、味噌汁(具は少なくそれに対して汁多し、おそらく朝の残り物)、漬物少々、サラダ少々、お茶でした。

以下同文・・・

テレビで出た福島県の旅館のおいしそうな食事を思い出しました。

1人あたり15万円ほどが支払われていたはずでした。
うちだって2人で月30万円ほどになります。それが定期的にです。
しかも当時は風評被害で一般客はほとんどいませんでした。
貴重な定期収入のはずではなかったでしょうか?15万って果たして安い金額でしょうか?

たまに一般客が宿泊していて隣の部屋でおいしそうなご飯を食べているのを見て、そのギャップをまざまざと感じました。

スポーツセンターでは無償でおいしい食事が提供されていました。
それは決して当たり前のことではなく、あくまでも自発的になされた人道的支援でした。
その根底には所長さんの被災者を助けたいという純粋な想いがありました。
だからボクたち被災者の健康も考えて料理も手配してくれたのだと思います。

しかし、そこのホテルの経営者は、できるだけ多くの利益をあげることしか頭になかったのだと思います。
だから最低限度のことだけをすればいいと考えたのだと思います。
別に被災者の健康など考える義理もないというわけですね。
事務的というか、あたりまえといえばあたりまえです。
ホテル経営者としての丁寧な対応はしてもらいましたが、人情は感じませんでした。

ただそれでも毎日ほぼ同じメニューはあり得ないと思うのはボクだけでしょうか?

みんな「もう見るのも嫌だ」「野菜が食べたい」と言っていました。

だからしだいにホテルのご飯は手が付けれらないまま残っていることも多くなりました。
食事、特に夕食は各自、自腹でファミリーレストランなどで何かを食べていたようです。
自分たちもたまにはそうしました。

それでもみんな「置いてもらえるだけでいいんですよ」と言っていました。
ボクはそうは思いませんでした。
もう一生あの ペット同室宿泊パイオニアの宿 として知られる 「きぬ川Kホテル」 に行くことはないでしょう!

ホテル

もうそこをいかにはやく抜け出すかを考え始めました。
あのままではきっと病気になってしまったと思います。

つづく

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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