再び失業

2012年9月前職に就きました。

鉄道関連の仕事でした。保守車両の修理や点検を行っている会社でした。
なんでも2年ほど前から将来を見据えてモノづくりにも力を入れるため、「設計開発準備室」なるものを立ち上げたそうです。そこで技術開発の仕事をおこなっていたようです。

今までは設計の仕事は従業員の中の1人がやっていたようでした。そこでその人の下で働くことになりました。その人も2年ほど前に入社したそうです。

約半年間でしたが、ラッセル車の改造やちょっとした機械の設計を行いました。よく「俺は上司だ」と言っていた、そのもう一人の人に聞きながら仕事を進めていました。

ある時。えっ?と思うことがありました。

ボクが描いた図面がわからないようでした。「シャフトホルダー」「オイレスメタル」そんな機械設計に携わる者であれば当然知っていることも知りませんでした。

でもその人はいつもパソコンで何かをしていて忙しそうだったので、きっと自分の仕事が忙しいから設計の仕事はしないんだろうなと考え、自分がほとんど設計の仕事はこなしていました。図面管理のリストには 設計:猫之介 という文字ばかり連なるようになっていきました。

ある時も「自分の頭では思いつかないからやって」と言われ ?
上司である自分がわからないものをなぜ部下に丸投げするのかと?疑問に思いました。でも自分にはいい案があったので結局自分が計画しました。

確かにその人は強度計算などはできましたし報告書もきちんと書いていました。本人も20年設計をやっていると話していました。東北大学も出ているということだったので、きっと一流の設計士ではあるのだろうと思ってはいました。

なんだか釈然としませんでしたが、我慢して働いていました。少しずつ疑念が強まり、以前その人が描いたものをこっそり見てみました。

矢印の大きさも文字の大きさもごちゃごちゃ。機械設計の分野にも暗黙の了解のようなものもあります。そういう事も無視されていてどうも知識もあまりないようです。こんなの実際に加工できるのか?というものもありました。またこれまでは、動きのある複雑なものは作っていなかったようです。

機械設計に携わっていればポンチ絵を描いて意志の疎通を行うこともしばしばです。そういう事もありませんでした。ポンチ絵も描かないので当然ボクには意志は伝わりません、でもボクがわからなくて何度も聞くとすぐ怒鳴ります。そのくせ自分ではボクの書いた図面は理解できませんでした。

よくボクのことは抜けていると評価していました。確かに抜けてはいますが。
「自称上司」は、現場の人とも言い争い、昼ごはんも1人で食べていました。
現場の仕事も手伝いませんし、ボクが手伝おうとするとなぜか快く思っていません。

お客さんとの打ち合わせにも同伴させてもらうことはありませんでした。自分が聞いてきたものを、さも自分の方が知っているんだと言わんばかりに指示するのみでした。
ボクも直接お客さんから細かなとこまで要望を聞いていないので何回も修正したりで大変でした。
お客さんからは「この間話したと思うけど」と言われる始末でした。でもボクは何も聞いていませんでした。

「自称上司」は、どこに出かけていたのか知りませんが、外出する際も「どこどこに行ってきます」、など誰にも告げずにスーっと職場を抜け出していました。
ハッキリ言って小学生以下でした。
お客さんにどこに出かけたのか聞かれても誰も答えられませんでした。
突然出ていき、突然帰ってきていました。

それに、すこし返事をしないと「なんで返事をしないんだ!」と怒鳴ります。

現場の人に聞くとその人が設計した者はすべて失敗に終わったということでした。

本当にこの人は機械設計を20年もやってきたのだろうか?そればかり頭にこびりつきました。

2ヶ月ほど前、ついにキレました。
その人がいない間にボクが現場の手伝いをしたのが気に食わなかったようです。

ふんぞり返って、「あなたはエクセルも満足にできないのに現場の仕事をしにここに入ったのですか?設計の仕事をするために入ったのではないのですか?」

ボクはドン!と両手で机の上をたたき立ち上がりました。

「〇〇〇さんは、掃除もしないで現場の手伝いもしないで現場の人に申し訳ないと思わないのですか!もう辞めます!」

その後、普段は本社にいてあまり工場に来ない社長のところに行き、その人のことを話しました。

「〇〇〇さんは、電気の設計をやっていたようですよ。そんなにひどいとは思いませんでした」と社長。
「やっぱり、そうだったんですか?その割には人のいうことを全然聞かない人ですね。現場の意見も全く聞き入れていないようです」

きっと自分が設計できないのでそれが露呈しないように下に人をつけてくれるようにお願いしたのでしょうね。そして都合よくボクが入社したという流れだったのですね。

50歳を過ぎていても国立大学を出ているというだけで人の意見を全く聞けない人でした。とても下について仕事なんてできないので辞めることにしました。自分よりも設計のできない人の下でどうやって仕事をしろというのでしょうか?今まで言い争うこともありましたが我慢してきました。でも限界でした。

それっきりです。

自分の判断は正しかったのか、もう少し我慢すればよかったのか。今になればわかりません。

ただ、自分の設計した物はすべて成功し お客さんにすごく喜んでもらえました。竣工検査の際にJRの保線技術センターの保線区長さんが「とてもいいものを作っていただきました」と深々と頭を下げおじぎされた光景は一生忘れません。自分はまだ一人前ではありませんが、少しだけ自信がつきました。そしてお客さんの姿勢からモノづくりとは何かを改めて実感させてもらった気がしました。やはりお客さんあってのモノづくりなのですね。

なかなかいい仕事もなく、今は少し休息中です。

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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