今市青少年スポーツセンター

大越体育館を去るにあたって少しでも情報がほしいと思いました。

それで管理棟の方にネットを見させてもらうことができました。

やはり栃木県に行くといくらか避難所も開設されているということがわかりました。

それで、1杯のお茶もごちそうになって、また励ましの言葉もいただいて南へと向かうことにしました。

とにかく国道4号線をひたすら南へと向かいました。

途中、ガソリンスタンドはまったく開いていません。食べ物の入手もできませんでした。

何も食べずにひたすら南へと向かいました。

ガソリンが底をつくのではないかという不安もかなりありました。

幸い軽の貨物ですので燃費はいいです。リッター20キロは走ります。

それは本当に助かりました。

道中のことはもう何も覚えていません。ただただ必死でした。

那須町に入ると避難所と書かれた看板や矢印を見つけることができました。

そのとおりに進むと避難所の斡旋を行っているところに到着しました。

簡単なスクーリングもしてもらいました。

スクーリングをしないと栃木県の避難所は受け入れてくれないということだったような気がします。

でももうどこも一杯でした。

自分たちは出遅れてしまったのでしょうか?

ただ一箇所だけ今市青少年スポーツセンターがまだ受け入れてくれるということがわかりました。

でもそこも早いもの順でいつ閉められるかもわからないということでした。

それに正直、また体育館かという考えも頭をよぎりました。もう少しだけプライバシーを確保できるところがいいなーと思いました。

この際、贅沢は言っていられません。受けいれてくれるところがあるだけいいのです。

でも今市ってまだまだ南だったような気がしました。早く行かないと!

こうして南への旅は続きました。

那須街道を少し走ると、おそば屋さんがやっていました。

そこでその日初めてのご飯を食べました。

確かこのとき時間は16時くらいだったと思います。

さらに南へ向かうとなんとガソリンスタンドが開いていました!

ただすごい行列でした。店員に聞くとついさっきタンクローリーが到着したということでした。それでたくさんあるから待てば必ず入手できるということでした。しかも制限なしです!

急ぐ旅ではありましたが途中で立ち往生することはできません。並ぶことにしました。

幸い1時間程度で給油できたと思います。自分たちの後ろも次から次へと車がやってきていました。

これで少しは安心しました。

念のため青少年スポーツに電話しましたがまだ大丈夫だということでした。

道はすっかり暗くなっていました。慣れない道でしたしナビもついていません。

同じところをぐるぐる回ったり道に迷いました。

青少年スポーツセンターに着いたのはもう23時になっていました。定員は大丈夫でしょうか?

結果は受け入れてくれるということでした。そして明日からはもう締め切るということでした。

ぎりぎりセーフでした。

これで自分たちも何とか少し落ち着けます。

それにそこは体育館ではなく合宿場でした。

つまりお風呂もありましたし、相部屋ではありましたが個室も使えることがわかりました。

そしておいしいご飯も!

そこでまた様々な人を観察し、そして手厚い支援を受けることになりまた。

そこを出るときは所長さんに挨拶するとき、感謝でつい涙が出てしまいました。

つづく・・・

猫之介

投稿者: 猫之介

富岡町の住人です。原発事故により避難生活を余儀なくされています。かつての愛猫のしま次郎を探しています。どうか無事でいますように・・・

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